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奈良時代:
中国:唐:陸羽「茶経」:団茶
日本:遣唐使:天平元年(729):聖武天皇:行茶の儀
平安時代:
延暦二十四年(805):桓武天皇:最澄(767-822 伝教大師):
茶の実を持ち帰り、比叡山の麓、近江の坂本に植えたのが最初 日吉茶園
弘仁六年(815):嵯峨天皇:崇福寺大僧正永忠(742―816):日本後記
引茶の儀
鎌倉時代:
中国:宋:団茶:抹茶:点茶の器具:点茶の作法
日本:入宋者栄西禅師(1141−1215):
文治三年(1187)帰朝:茶の実:点茶の器具:点茶の作法
洛西栂尾の明恵上人(1173―1232):栄西から茶の実をもらい受け、深瀬に植える。
本茶:深瀬でとれる茶 非茶:その他の土地でとれる茶
栄西「喫茶養生記」:仙茶:源実朝
足利時代:
初期:
闘茶:茶寄り合い:百服茶:五十服茶
唐様の茶:会所:客殿(食事) 回遊式庭園(散策) あずまや(喫茶)
中期:足利義政
村田珠光(1423−1502):大徳寺:一休禅師:闘茶から茶礼へ:大応国師:台子:永平清規:
一味清浄法喜禅悦(茶礼の極致):謹敬清寂(和敬清寂)
「茶室に入れば、外は、人、我の間を忘れ、内には柔和の徳を蓄え、親しく相楽しむの徳を示し、
謹敬清寂によって、天下を泰平となす」
銀閣寺東求堂:四畳半:方丈:囲い
書院式の茶からわび草庵の茶へ:
真塗の台子を竹柱(木地)の台子に:象牙の茶杓を竹(珠徳)の茶杓に:唐銅の花入を竹の花入に
京都から堺へ
後期:
武野紹鴎(1502−1555):南宗寺開山普遍国師:一閑斎:大黒庵:わび茶
<十二カ条の法度>
茶の湯は親切に交はること
礼儀正しく和かにいたすべきこと
他会の批判を申すまじきこと
高慢おほくいたすまじきこと
人の所持の道具を所望申すまじきこと
道具を専に茶の湯いたすことは甚だよろしからざること
合席珍客たりとも茶の湯相応に一汁一菜に過ぎるべからざること
数寄者は捨れる道具を見たて茶器に用ひ候こと 況んや家人をや
茶の湯者の茶人めきたる、ことのほか憎むこと
数寄者といふ隠遁の心第一に、侘びて仏法の意味を知り、和歌の情を感じ候べし
淋しきは然るべくこの道に叶へり、きれいにせんとすれば結構に美しくなり
侘しくせんとすればきたなくなり、二つともさはあたれり、謹むべきこと
客の心に合はぬ茶の湯すまじきなり、まことの数寄にあらず、我茶の湯と言ふところを心得専要
また客に手をとらすこと、あしく候
見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦のとまやの秋の夕ぐれ 藤原定家
安土桃山時代:
千利休(1522−1591):田中与四郎:泉州堺今市生:道悦(過剋斎・千阿弥)
易庵北向道陳:千宗易:大林宗套:
南方録:書院台子の古式の茶:道陳 わび草庵の茶:紹鴎
織田信長:
豊臣秀吉:禁裏茶会:千利休:北野大茶湯:大徳寺山門楼閣「金毛閣」(僧体の木像)
花をのみ待つらむ人に山里の 雪間の草の春を見せばや 藤原家隆
参考文献:裏千家 お茶の道しるべ 十五世家元千宗室著 (主婦の友社)
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