グリーンステイ洞爺(北海道旅行8月8日から18日)
利用日 2001年8月15〜17日
所在地 北海道虻田郡虻田町月浦
連絡先 0142−75−3377
料金 4000円
トイレ きれい
炊事場 きれい
個人的評価
感想

この夏は、数年ぶりに家族揃って北海道に帰省しました。フェリーを使っての10泊11日で、行程の終盤、今回車を持っていった最大の目的、オートキャンプを楽しんできました。このページのタイトルは、いつものようにキャンプ場の紹介のような感じではありますが、あまりちゃんとリポートしてこなかったので、キャンプを含めた北海道旅行記ということで進めていきたいと思います。ご了承下さい。

出発
8月8日(水)
夜11時30分大洗発室蘭行きの東日本フェリーに乗るべく、仕事を早めに終えて帰ってきた主人と大騒ぎで準備をし、(土日のうちに、キャンプ用品は積み込みを完了していたが、その他の物は廊下に山のように積み上げてあった)子供が小さいのと、その頃北海道は寒いという情報(by実母)があって、どうしても衣類が爆発的に増えてしまい、非常食として用意していたカップラーメンがとてもかさばるということで、数を削られてしまった。特に下の子は来年入園というのにまだオムツが取れていないため、今回11日間ということで、メリーズパンツスーパージャンボパック54枚入りを1パック積み込んだ。これもけっこうデカイ。私なら闇雲に積み込んで車の後ろの視界ゼロになりそうなところだが、主人は実はパッキングの天才(いや、秀才くらいにしておこう)で、ちゃんと後ろが見えて感心。

この時期の乗船手続きは2時間前ということで、9時半には着かないといけない。台所の洗い物を極力出さないようにするため(なら、外食すればいいのだが、節約節約)、みんなでおにぎりの夕食を済ませ、7時半に出発。国道123号線を益子に向かい、笠間に抜けて、友部から開通したての北関東自動車道を使ってみたかったのだが、夜でとても空いていることから、そのまま50号線で大洗に向かうことにした。しかし笠間から結局1時間もかかり、使えば良かったと後悔。フェリーターミナルに着くと、夜だというのにたくさんの人が乗船を待っていて驚いた。乗船手続きがこれまた、並ぶ並ぶ。40分以上は軽くかかった。行きはJTBのキャンセル待ちで特等が取れたので、乗船手続きの後は乗船待ちの列(これが実はとても重要であることを後日痛感する作者)に並ぶこともなく、ゆっくりと子供達とパパの車なんぞ探しながら過ごす。40分遅れの深夜0時過ぎ、出航。
これが特等洋室2人部屋の様子。奥に見える椅子を向かい合わせて、下の子のベッドにした。設備はテレビ・冷蔵庫・電気ポット・バス・トイレ・スリッパ等。ちょっとしたビジネスホテル風。でも、子供と一緒に寝るのはさすがに狭い。

2日目
8月9日(木)
台風が来ている影響で、ちょっと揺れた。かつて真冬の新潟ー小樽航路で地獄を見た(?)時に比べるとなんてことはないが、ちょっと体が重い(体重ではない)。フェリーの中のレストランは、朝・昼・夕時間帯が決まっているので、一度リズムをはずすと、とことん時間が合わない。「♪朝食を終了しました」というアナウンスが流れる中、持ってきたカップラーメンを作って食べる。部屋にポットがあるのは便利である。そのあとは子供達と船内をくまなく探検し、大浴場に入って、波打つ湯船につかる。そんなことをしているうちに、お昼の時間も過ぎてしまい、3時頃、またまた残りのカップラーメン。ちょっとウンザリ。遅れて出航したのに、30分早く、夕方6時に室蘭に到着。その日は作者の実家に泊まる。

3日目
8月10日(金)
フェリーが取れなければ陸路を覚悟していたときに、函館泊を予定していたのだが、フェリーが取れてもあきらめきれず、JTBで函館のホテルを取って置いた。午前中室蘭を出発。白鳥大橋を通って室蘭インターから道央自動車道に乗る。以前帰ったときには確か、虻田くらいまでしか通っていなかったのに、長万部まで開通していてびっくり。途中、森町の道の駅でホタテ弁当を食べ、午後2時頃、想い出の函館国際ホテルに到着。

このホテルは古いホテルだが、とても洗練されていて外と中は大違いなのである。港側には新館が建っていた。私達は旧館最上階の部屋で,窓からは港の摩周丸が見えた。リビング部分がとてもゆったりと広く、ベッドはセミダブルのツイン。バス・トイレもとても美しい。函館は夫婦の思い出の地とはいえ、小さい子らと一緒ではムードもへったくれもなく、有名な歴史的建造物は何一つ見ず(トラピスチヌもハリストスも金森倉庫も・・・)、直行したのは函館駅。お目当ては函館発のスーパー北斗と・・・・
これ。海峡を渡る、どらえもん海底列車には折り返しに時間がかかって、高額であることから乗らなかった。スーパー北斗と、どらえもん列車が相次いで発車したが、ホームで愛想を降って見送るどらえもんに手を振り返す乗客はなく、みんなもう、珍しくもないという感じであった。発車するとき、ホームには「♪こんなこっといいなっ、でっきたっらいいな♪」というお馴染みのテーマソングが流れていた。通勤などで利用する人には気の毒だ・・・。

夕食は町中の居酒屋、『北の家族』で心ゆくまで、北海道の幸を味わう。そのあと、タクシーで函館山ロープウェイ乗り場まで行き、(車中、「このまま山頂まで行きませんか」という再三の誘いを断り)ロープウェイで山頂へ。あいにくの霧で途中からすっぽりとミルクの中にいるような真っ白な霧に包まれてしまったが、日頃の行いが善いのか?1時間ほどすると、うそのようにみるみる晴れて、念願の『夜景をバックに記念撮影』。後日自宅に届いた写真は少々酔っぱらっておりました・・・。

4日目
8月11日(土)
大人二人分、朝食付きのプランだったので、子供の分の朝食は実費で支払うことを覚悟していたが、「バイキングなので小さいお子様はご一緒で結構です」という、太っ腹。函館国際ホテル、大好き。よくある和洋のバイキングであったが、ひとつひとつが実に丁寧にこしらえてあっておいしい。しかしながら、やはり子供が小さいとじっくり選ぶ暇も、食べる暇もなく、食後のコーヒーもぐびぐびと胃に流し込み、バタバタとテーブルを後にした。チェックアウト後、昨日寄ろうと思ったら急な雨のためパスした、大沼国定公園に向かう。
大沼で、お約束の‘大沼だんご’を購入し、足漕ぎボートに乗る。

昼前に大沼公園をあとにし室蘭への帰路に着いたが、途中、八雲のあたりで大渋滞があり、長万部まで3時間以上かかる。渋滞にハマっている間、後ろから救急車が行き、そのあとをレッカー車が行き、ほどなくレッカー車が見る影もない事故車を引っ張って行ったので、事の次第が飲み込めた。結構混んでいたので、遅い車を抜こうとでもしたのだろうか?正面衝突のようだ。せっかくのお盆休みに気の毒な事だ。車間距離を充分にとって安全運転を心がけよう・・・。

ようやく、長万部にたどり着いたのは、午後2時に近かったが、『ドライブインかなや』(ここは作者が幼少の頃からある老舗で、カニ弁当発祥のドライブインなのである)にて、大人はカニ弁当、子供達はラーメンを食べる。子供達は常日頃からラーメンフリークで、いつも「ラーメン」「ラーメン」と言っている。やはり北海道のラーメンは麺が太くておいしそうだ。カニ弁当を平らげたにもかかわらず、子供達が残すのを待って、どんぶりを引き寄せたが、麺が伸びかかっていてもおいしかった。夕方、室蘭に帰り着き、実家に泊まる。

5日目
8月12日(日)
この日は、内輪のお祝い事のため、早めのお墓参りの後、東室蘭駅西口にある、『さっぽろっこ』でラーメンを食べ、親族揃って白老にほど近い虎杖浜温泉に泊まりに行く。虎杖浜は後ろの山奥が登別で、登別のほうは源泉が硫黄泉などの、白濁した温泉が主流(もちろんホテルによってはいろいろな泉質を揃えているところもあるが)だが、海に近い虎杖浜は食塩泉で、やや琥珀がかった透明なお湯で肌がツルツルするのが特徴である。泊まったホテルは作者が幼稚園児の頃からある、25メートルの温水プールが特徴で、なんどかの改装を重ねて今日に至っているが、温泉は相変わらず古い。宿泊棟も以前は絶対泊まりたくない感じであったのだが、数年前に近代的?なホテルに建て替えた。子供達は久しぶりに(生まれて3度目くらい。そのくらい帰っていないのである)会った、いとこ達とふやけるまでプール三昧。

6日目
8月13日(月)
チェックアウトのあと、日帰り休憩場に移って、またまた子供達はプール。お昼をどうしようかという時間になって、ようやく腰を上げる。作者の親族にしばしの別れを告げ、私達は今度は主人の実家、小樽へと向かう。白老インターに入り損なって、苫小牧東インターから道央自動車道に入る。途中、輪厚(わっつ)SAで食事をと思いきや、疲れていて気乗りしない子供達に阻まれ、腹ぺこのまま小樽に向かうことになった。3時過ぎ、小樽の実家に到着。

小樽の実家では猫を飼っている。犬猫大好きの子供達は驚喜し、もう人間ならそうとうなお年寄りであろう猫(主人が住んでいたときから居るのである)を追い回し、水を飲め餌を食べろとかまいまくっていた。日々やっと過ごしているような老猫の寿命が縮んでしまったかもしれない。

夕食までの間、近くに近年、鳴り物入りで出来上がった『マイカル小樽』の大観覧車に乗りに行くことにした。マイカル自体は大きなデパートやスーパーマーケットの集合体で、スポーツクラブのエグザスやスパ施設、上にホテルもある。広い広い。でも何も見ない。観覧車直行である。観覧車は1人なら600円、2人以上4人まで1200円。一周約15分、小樽港を眺めながらしばしの空中散歩である。さて、料理上手な義母の北の幸いろいろの陶板焼きや、毛蟹、寿司などを堪能したあと、腹ごなしに運河へ夜の散歩に出かける。
この運河でも、記念撮影が1500円と安かったのでやってもらった。(函館は同じ大きさで3000円だったのである)受付の控えではなく、個人の名刺を渡されたので、ひょっとしてこの安さはアヤシイんじゃないか?などと夫婦で言い合っていたのだが、後日ちゃんと自宅に届いた。カメラマンさん、疑ってごめんなさい。そのあと、天狗山の頂上のライトに、夜の虫のように?引き寄せられ、この時期、夜間運転しているロープウェイで頂上まで行く。ゴンドラの中も明かりを落として夜景を楽しめるようにしてある。頂上は電気に集まる虫がひどかったが、小樽港の夜景も函館と並んで美しかった。でも、夜景の中で最も明るく夜を照らしていたのは、築港のマイカルの観覧車であった。七色に色を変え、おいでおいでといざなっていたが、もう夜も遅かったので子供達にはあきらめさせた。

7日目
8月14日(火)
この日は、子供達はパパと水族館&鉄道記念館へ。私は一人電車で札幌の友人巡りをさせて貰った。学生時代の友人の家を3軒まわった。
鉄道記念館

8日目
8月15日(水)
小樽の実家と猫に別れを告げ、いよいよ洞爺湖へオートキャンプ。北海道に住んでいた頃は、お金を支払ってキャンプするなんて、経験のないことだったが、最近はすっかり慣れてしまって、グリーンステイ洞爺の4000円もお手頃に感じてしまう。ご覧のようにだいや川ACに続いて4つ星である。湖畔を渡る風はそよそよと涼しく、見上げる空はどこまでもどこまでも高く澄んで青かった。山以外は・・・。そう、有珠山の噴火で、山の方はもくもくと曇っているのである。小康状態なのかなんなのかわからないが、煙の出ている山の地熱は高いし、今の段階で人が入って本当にいいの?っていうような噴火の横を遊歩道を造って観光資源にしているたくましい町である。
洞爺湖から虻田町へ抜ける国道。もちろん立入禁止。ちょっとわかりずらいが、アスファルトはうねり、とちゅうの陥没部分には水が溜まって池になっている。もっとすごいところもあるのだが、カメラの電池切れで写せなかった。

サイトの様子。直接湖は見えないが、キャンプ場全体が広々としていて、サイトもゆとりがあった。特に私達の所は端だったので、とても広く使えた。

この日は旅の終盤ということもあり、かなり疲れが溜まっていて、設営だけで体力を使い果たしてしまったので(笑)、夕食はちょっと早めに外食で済ませることにした。夫婦が交際中から贔屓にしていた?お目当てのラーメン屋さんは、行ってみるとその日の分は完売しましたとのこと。ますます人気が出ているらしい。ガイドブックにでも載ったのだろうか?噴火のせいなのか、以前は味わいのある古いたたずまいだったのに2階建てに改築までしていた。泣く泣く後の楽しみに取っておくことにして、来る途中わかさいも本舗の手前にあった新しげなラーメン屋さんに入ることにした。

とにかく我が家の外食と言えば、ラーメン屋か、マックかせいぜい回転寿司なのである。それ以外は子供達が承知しないのである。今回の北海道ではせっかくなのだから、マックはやめにしようと約束させておいたくらいである。しかしまぁ、子供が産まれる前の外食も、主人が無類のそば好きであることから、そばばかり食べ歩いていたので、これでも、レパートリーは広がった方である。ちなみに誰も聞いてはくれないが、私はイタリアンやフレンチやインド料理が好きである。主婦は大抵がそう思うと思うが、普段自分で作らない物が好きなのである。

名前は忘れてしまったのだが、「ラーメンと焼き肉」と書かれた看板のある、こぢんまりとした店で、中は入ると半地下のように下がっている。西山ラーメンを使っている店で、なかなかおいしかった。好みもあるとは思うが、この、『西山ラーメン』を使っている店が私は大好きである。北海道ではポピュラーな製麺メーカーで、西山ラーメンはスーパーの食品売場にも並んでいる。

夜は洞爺湖名物のロングラン花火を見るため、車で温泉街の近くの公園まで行き、湖畔で花火を見た。この花火は洞爺湖の観光協会が客寄せにずっと以前から、ロングランというネーミングのとおり、夏場は毎日やっているもので、湖の上をボートが走りながら花火を上げていくのである。湖水に映ってそれはそれは美しい。よる8時半から20〜30分だけど。洞爺湖は、パークホテル・万世閣・湖畔亭・サンパレスが大手なのだが、それぞれのホテルの前でスターマインを上げて移動してゆく(・・・と、地元では言われている。確認したわけではない)。花火のために出航する遊覧船に乗ると、この花火を追いかけて移動するのである。

9日目
8月16日(木)
昨日、ラーメンを食べた後、わかさいも本舗で買って置いたパン(わかさいもは、和菓子が有名なのだが、ケーキやパンもとても美味しいのである)で朝食。バゲットがなかったのが残念だったが、クロワッサンもパリパリととても美味。子供達はアンパンマンの顔の形をしたチョコパン。わかさいもも、子供に媚びるようになってしまったのか、と妙な感心。

食事の後は、洞爺サンパレスに出かける。お盆時期の稼ぎ時で、大人2500円・子供1500円の入場料である。「近くに住んでいたら絶対来ないね」などとケチを付けつつ、「♪ここはお風呂の遊園地〜っ、なんてったって宇宙一〜♪」という、地元の人ならとても良く知っている、CMソングが思わず口をついて出る楽しいプールだった。

このホテルは、作者が確か中学生か高校生くらいの時にできたホテルなのだが、プールに来たのはこれが初めてであった。2時間置きに波が立つプールやスライダーは大人も子供も楽しい。特に波は、ザッパンザッパンと小さい子ならおぼれてしまうほどの大波である。幼稚園の上の子は楽しさのあまり笑いが止まらない様子で、ちょっとアブナイ感じであった(笑)。

あまりに楽しくてお昼も食べたくないと言うので、午後3時までの日帰り時間をたっぷり遊んだ後、温泉街にあるスーパーで、夕食のジンギスカン用のラムともやしを買ってキャンプ場に戻った。今回のキャンプでは、ツーバーナーとテントのインナーマットが初登場。どちらも買って良かった。しかし、ジンギスカンはやはり専用の鍋でないと今ひとつ美味しくない。フライパンで次々と焼いたのだが、ちょっと不満の残るジンギスカンだった。でも、北海道ならではとはいえ、ラムの包装には『オーストラリア産』と書いてあるし、それなら、宇都宮のスーパーにも置いてあるのだから、またそのうちリベンジするとしよう。

10日目
8月17日(金)
朝日に白樺の木立が輝いてとてもさわやか。すぐ近くで噴火した山があるとは思えないほど静かでのどかなキャンプ場である。お盆なのでほどほど混んでいて3台の乾燥機と4台の洗濯機は常に待ち状態なのと、季節柄虫が多く、夜の炊事棟は蛾がぶんぶんだった以外は、北海道キャンプを満喫できた。
炊事棟

湖畔には道路を渡って降りていく。ひとしきり、小石投げをして名残惜しいキャンプ場を後にする。

例のラーメン屋さんは『でめきん』といって、温泉街の一本裏の道を行くと、伊達信用金庫の向かいにある。お昼の混雑を予想して、早めに11時半頃入る。今日は食べられそうだ。なんといっても、10年越しの悲願である(笑)。長男の出産時にも迎えに来た主人といそいそと出かけてきたが、たった今売り切れましたと言われたのが6年前である。主人のオススメはあんのかかった焼きそばだが、ふつうのラーメンもとても美味しい。

さて、再び室蘭の実家に立ち寄り、自ら両親と買い物に赴き、「北海道で食べておきたい物」を買いあさり、ウニ一折をご飯にかけて食べた。値段的には一折980円〜1380円位で、この味はやはり最高である。主人は今回どこへ行っても毛蟹三昧であったが、私は蟹はタラバガニのほうが好きである。食べやすいから。ウニ・蟹は子供達には有り難みが今ひとつのようだが、これでしばらくは、戻っても回転寿司には行けなくなりそうだ。

親族一同に見送られ、夜9時室蘭港へ。似たような時間に青森行きと福岡行きが出るらしく、ターミナルはすごい人で賑わっていた。行きは特等だったが、帰りは2等である。聞くと船の中で最終的なキャンセル待ちがあるという。もうすでに入り口には列ができている。そうか、この列はそういうことだったのか!と初めて気付く作者。もしも、この列の方々が皆キャンセル待ちのために並んでいるとしたら、もう絶望的な人数である。

ほどなく乗船の案内が流れる。がっくりと肩を落としつつも、子供達は車で乗船させることにして、私だけ急いで船に乗る。船内の受付のリストにはすでにたくさんの名前が書かれている。「ほとんど可能性ないですね」とフロントのお姉さんに言われながらも、もう、書く欄がないほどの一等はあきらめ、特等の3番目に名前を連ねる。船室に入り、大人2人分約120pほどのスペースに失望の溜息を付く。船室ではそんな親子連れがあちらこちらに・・・。そして1時間遅れの12時40分、室蘭港を出港。間もなくキャンセル待ちのアナウンスで名前が呼ばれ始める。「○○からお越しの△△様〜、××からお越しの◇◇様〜・・・・・・・、受付までお越し下さいませ〜」・・・やはり、呼ばれなかった。

と、その時、ひとつ置いてお隣の4人の男性グループが「うぉーし!」と歓声を上げて立ち上がったのである。一等船室に移れることになったらしい。窓際4人分のスペースが空いた。受付に確認を取り、許しを得て、場所を移動することになった。しかし、子供達はすでに狭いスペースで寝息を立てている。すると、すぐ隣で寝ていた甚平姿の気さくなおじさんが、「私が移動しましょう」と申し出てくれ、子供達をそのままに私達も広いスペースでゆったりと眠ることができた。行きの特等より、よく眠れたのは疲れていたせいだろうか?その甚平おじさんは日立にお住まいの方で、子供達にヨーグルトをくれたりして、こういうふれあいも良いなぁなどと思った作者であった。
船室の様子。子供達は爆睡中。

11日目
8月18日(土)

またまた、カップラーメンで食いつなぎ、サウナ付きの大浴場でのんびりしたあと、せめて最後の夕食くらいはと、レストランへ行く。子供達は、またラーメン。よく飽きないものだ。私はカツカレー、主人はなんだったか、定食のような物のチケットを買って席に着く。夕暮れの海の輝きを眺めながらゆっくりと・・・いや、いつものようにせかせかと食事を済ませる。そう、いつも、食事は「楽しむ」というよりは、「済ませる」という表現がふさわしい。いつか「楽しめる」ようになった頃は今のこの「せかせか」を懐かしく思うのだろうか。

1時間も遅く出航したはずなのに、またまた、定刻通りに6時40分大洗港到着。行きのフェリーでは下船の時、1時間も車内で待ったので、今回はギリギリまで船室に留まり、港に着岸するのを見届けてから、ゆっくりと車に乗り込んだ。それでも20分は待つ。帰りは北関東自動車道を使い、友部インターまで30分で到着。そこから笠間を抜け益子を通って宇都宮へ。午後9時、自宅到着。

ひとつ所にのんびりしないで動き回ったので、子供達には強行軍だったと思うが、熱も出さずラッキーだった。今度またいつかフェリーで北海道に行こう。

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