男と女 (その一)
 

チェンマイ近郊には工業団地があって、そこにいくつかの日本の企業が進出しているから、僕達のような極楽トンボの遊び人の数などよりも、多くの日本人がチェンマイかその近郊には住んでいることになる。

基本的に、不良グループと企業人とは交わらない。せいぜい、日本食を出す飯屋で夜の飲み食いする場所が一緒になるだけである。その時には一応、数度顔を合わせた同士としてと軽い会釈などはするが、不良の僻みとして、相手にどう思われているかくらいは承知しているので、互いに立ち入らぬのが暗黙のルールという奴である。

 企業人と言っても、現地採用となると、また少し違ってくる。元は不良、今は日系企業社員と言うのがいるからである。彼等はいつ何時、元いた不良グループに吸収される立場に立たされるか解らぬから、不良達にその時になったら必要なコンタクトをとるくらいの事は忘れない。ここの工場の現地採用になった者の多くはタイの女に惚れて、別れて暮らすことが嫌になったからである。その前に子供が出来たと言う者もいるだろうが、より多くの金が必要になったならば、単身日本に帰って働いた方が多くの金を得る。それでも、現地で働きたいと思うのは、一つの純愛のなせる業だと思うことにしている。

 小金を持った日本人の男と、タイ人の女との恋愛劇は雨後の竹の子のごとく発生しているが、その後のいざこざの話にも事欠かない。傍から見れば、あんな男があんな女とくっついていられるのは、金以外の理由などあり得ないではないか、と皆思うのだが、本人だけはわからない。そういうふうに他人を笑っている者も、いつ何時自分が人の笑い者になっているか解らないで女に入れあげたりする。そして、結局は苦い水を飲む。それをタイに日参する男達は勉強という。

 しかし、ほとんどの男達にとって、勉強とは無駄な金を費やしてしまった事をいう。金が一番の力となって得られた女を、もしなくしたら、また、その程度の金でその程度の女を得る可能性は充分にあるというわけだ。いや、男と女は金じゃない、と、いつものたまい、他の日本人に説教する日本人がいたが、確かにその男の恋人は、金の不平は何も言わずに、別の理由で男から逃げていった。傍から見ても、その男には出来過ぎた女だった。

 いつも巣くっていた飯屋に、チェンマイの北部にあるチェンマイより小さな町、チェンライから流れてきた、ある日本人が、毎夕くるようになって、飯屋の丸テーブルに座って、必ず、メコンの小瓶と氷のセットを頼み、それを飲み終えるまで、帰らない奴がいた。地域通の話によると、その男はなかなかの金を持っているらしく、かつ、女癖が悪くて、チェンライでも有名な奴だそうだ。それが、どういう了見かチェンマイに鞍替えしたらしい。そこに集うチェンマイの不良グループは、始めから、その男を敬遠した。その男がテーブルにつくと、皆、席を離れていくのである。不良グループといっても、いろんな国を回ってここに居着いてしまった男達が多いから、それなりの話題と、知識は怠け者の防御として、身につけようと、本くらいは読む。現地の言葉も覚えようとはする。しかし、その男の話題は、女に関する事だけであった。それを嫌らしくにこやかに話すのならば、一種の 卑下として、同じ不良仲間の一人として受け止める事も出来なくはないが、時事問題口調で声高にやられたのならば、側に居着くものはいない。なぜなら、その男がチェンライで、毎夜のごとく通う所を皆知っていて、その男はまだ自分がチェンマイではその事がばれていないと思っているから、男と女の倫理などと平気で見知らぬ者にいうのである。

 側に話し相手が誰もいなくなると、僕のような話しづらい 相手にも、男は話しかけてくる。タイで一番の安ウイスキーを飲むには何か喋っていないと酒が進まないらしい。そして、男は、近くにいたこの僕をつかまえて、言い始めた。タイの女は金だけでしか動かない、ひどいものだ、日本の女のように、互いにいたわりあって、助け合いながら一つの目標に進んでいく、と言うのが本当でしょう、そんな事がまるでここの女は出来ない、と一席やり始めたのである。僕は、読んでいた新聞を置いて、あなたのいうそのタイの女というのは、どういう女なんですか、もし、金で買った女なら、心まで要求するのは可哀想ですよ、もっとも、あなたが体ばかりでなく、心も売ってくれといって、金をだしたんなら、話は別ですが、と言ったら、男は二の句が継げなくなって、それ以来、僕の顔を見ても、話しかけてくることはなくなった。僕はその男がタイ語がまるで話せない事を知っていて、ならば、その男の遊びの範囲も見当がつくと思って、意地悪い事を言ったのである。 

 金の切れ目が縁の切れ目と言うが、男から獲れそうな金がまだまだあっても、離れていく女は離れていく。男の方だって、ここで女と別れるならば、無駄金を随分と費やした事になると承知しても、嫌になれば、相手の女から逃げていく。そんな話は改めてするほどの物ではなく、チェンマイのような小都市でも日常茶飯事である。随分と索漠とした関係しか、ここにはないのか、と言われれば、そんな事はない。先ほどの現地採用の男達の事である。子供は親の後ろ姿をみて育つという言葉があるが、夫婦で家のローンを払いながら、子供を育てている、現地採用の男の家族をみていると、ほっとする。日本人とタイ人の女のカップルだって、男が何かを犠牲にして働いている姿を女に見せていれば、女は男に敬意をはらって従順になるものだ、そういう所はうまくいく、などと僕がいうと、僕が意地悪したチェンライからの男の口調と同じになってくるので、ここいらで、辞めておく。所で、その男は、チェンマイの不良グループからの無視に会い、すぐに居場所をカンボジアに鞍替えしたそうである。

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