ドイ、ステープ                                                  

チェンマイにいったものなら、必ず立ち寄る寺に、ドイ、ステープという高名な寺がある。チェンマイのツアーならば、必ず組まれているところだ。そこで、結婚式を挙げに、日本からやってきた若いカップルがいた。二人とも関西の金融機関を辞めて、チェンマイにまで来た。男は、ばりばりの関西人で、女はちょっと控えめな関西人だった。ともに二十代である。男は多少ずんぐりとしてはいるが、口調は闊達で行動的である。女はややふっくらとしていて、色白で、器量は悪くない。似合いと言えば、似合っている。

なぜ、チェンマイで、そのカップルが結婚式を挙げる気になったのか、僕は知らない。別に親類縁者を呼ぶわけでもないから、大々的にやるというわけでもないらしい。日本では、既に式を挙げたのか、もう籍を入れたのか、その細かい所も僕は知らない。わかっているのは、チェンマイで結婚式を挙げたいという事だけである。しかし、二人とも、タイ語は片言らしく、それ以上にチェンマイにて式を取りはからってくれる何のつてもなく来たらしい。

だから、新婚旅行で立ち寄ったこの街で、突然に、二人の良き思い出を造ろうと思いつき、かのドイステープで結婚式を挙げたならば、一生ものの思い出になる、という 筋書きならば、簡単に、納得出来るのである。しかし、彼等の願いを取り持った、日本人のZ氏が、僕達チェンマイの長期滞在のおじさんの間なら、知らぬ人はいないほどの、ものぐさなのである。

だから、Z氏に結婚式を依頼した奴がいると言うことを聞いたときは何かの冗談だと思っていた。Z氏は、タイ人の女性と結婚し、子をなして、チェンマイに深く住み着いている。当時、チェンマイで古本屋を営み、そのあまりの懶惰な商法で、逆に客の信頼を勝ち得るという離れ業を持っていた。彼を支えているのが、Z氏の妻であるエネルギッシュなタイ人女性で、彼女のバイタリティは外見からでも容易に推察出来る体格をしている。

当時Z氏は、旧市街の路地で店を開いていた。一軒置いた場所にも日本人がたむろしている小さな飯屋があって、その路地をソイジープン(日本人通り)と勝手に命名して、僕達長期滞在者達は昼の時をつぶしていた。長期滞在といえば聞こえはいいが、日本で汗水たらして働いているもの達から見れば、単なる不良である。時たま、この不良グループの中に自ら志願してくるものが゜いるのは、えてして、そんな者達の方がその街に対する様様な情報っを持っているからなのと、どこの世界にも、間違って不良に魅力を感じてしまう者がいるからである。

要するに、余り、まともな日本人旅行者は、僕達不良グループがうろついている場所に始めは来ても、すぐに近寄らなくなる所なのである。僕達と、慣れ親しむようになってきたものは、余り、まともな人種ではないのである。そして、そのカップルは僕達と慣れ親しんでいた。

 降って湧いた儲け話に、Z氏はいつも店の奥に置いてある、昼の寝床であるスリーピングチェアーから、飛び起きて、猛然と動き出した、ということはなくて、彼の奥さんが、すべて、うまい具合に準備万端取り仕切ってしまった。その間、Z氏はいつものように店の奥で昼寝をしていた。式の当日、さすがにZ氏は、自分の車を運転するなどして、運転手をかってでていた。ドイステープには、地元のテレビ局まで来て、日本からはるばるチェンマイのドイステープにて式を挙げるカップルを取材していったそうである。

式が終わり、その日の夕方は披露宴になった。場所はピン川のほとりにあるレストランだった。安い所ではないが、かといって、僕のような金のない外国人でも気楽に行ける所だった。披露宴といっても、披露宴に招待するような面識ある人間など、旅先のチェンマイに式を挙げたばかりの二人は持っていない。そこで、数名のタイ人と、日本人が駆りだされた。

何かしかの心付けを持っていけば、うまいタイ料理とビールが飲めるとZ氏に言われて、僕はでていった。僕は幾度かそのカップルを前に見ていたが、他の者達は初対面である。出席者通しが初対面なのであるから、たいして、話も弾まないが、それでも、一時間くらい飲み食いをやって、お開きになった。

その帰り際、新郎が少し酔っていたのか、帰るタイ人に、タイにいる日本人なら、誰でも知っている冗談をし始めた。「コーヒー」という奴である。タイ語で「コー」はくださいと言う意味であり、「ヒー」は女性器を指す。だから、タイではコーヒーを頼むときはカフェー と言う。その言葉の冗談を言っては喜んでいる新郎に僕は、そんな、つまらない冗談をタイ人に言うな、と少したしなめた。

式を挙げたばかりのあつあつであるべきカップルの男が、なぜ、そんな言い古された下ネタの詰まらない冗談 をことさら言って、その日始めて知ったタイ人とコミュニケーションをとっているのか、僕には不可解だった。更に、不可解は続いた。その翌日、その新郎は、僕の知っている年輩の日本人と二人で、夜にゴーゴーバーにいき、馬鹿騒ぎをしてきたらしい。本当かどうかわからないが、知人の話では、随分ときわどい遊びをやったらしく、相手方の女と少しの間、別室に消えたと言う事まで話していた。これはやっぱり、僕でなくても、不可解に感じるだろう。いかに、チェンマイの夜が男を狂わす歓楽の色に包まれているにせよ、前日に式を挙げたばかりの男が新婦をほっぽりなげて、夜遊びしているというのは、不可解である。

 さて、それから、数年を過ぎて、何かの拍子にその結婚式の話がでて、Z氏からそのカップルと言うか、新郎の消息を聞いた。新郎の男は、それから、二、三年か立って、今度は一人で チェンマイに遊びに来たらしい。そして、式を挙げた女とは既に別れたと言った。

新婦であった女にはある相当年輩の男のパトロンと、その新郎であった男と知り合う前から、ずっとつき合っていて、結婚しても変わりなくその関係は続いていたらしい。ある日、新郎だった男は、その証拠を押さえ、自分の女のパトロンの所に直にねじ込みにいって、数百万を分捕ってきたと言って、喜んでいた。これで、その男はタイの各地で豪遊出来る資金を得て、幸福の絶頂期に入った。これも、チェンマイの名高き寺院である、ドイ、ステープで結婚式を挙げた御利益というものである。

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