gidebook.jpg (6532 バイト) (2)

旅の雑学ノートインド  山田 和
アジア旅物語             小林紀晴
豚が沐浴する国     田村旅人 
路地裏のタイランド    江本正記 
タイ 旅の雑学ノート     えもと正記

旅々オートバイ        素樹文生
アジア視線              稲越功
藤原悪魔(天使のまゆげ)            藤原新也  

アフリカの満月        前川健一 

バリの雫        藤原新也

だましだまされ生きるのさ       岡崎大五

添乗員奮戦記      岡崎大五

タイ演歌の王国        大内治

     カルカッタ(アジア民族写真叢書)          廣津秋義            

アジアパー伝      西原理恵子 鴨志田穣

アジアを生きる        灰谷健次郎 石川文洋

                   

book09.JPG (56325 バイト)旅の雑学ノートインド  山田 和

もはや、インド関係の本の定番の中に組み入れられた優れた書「インドの大道商人」の山田 和の書。彼には「インド ミニアチュール幻想」というもう一つの薀蓄書があり、インド細密画に興味を持った方ならば、ぜひお薦めしたい本だ。そういった先入観のもとにこの本をよんだ。しかし、正月を挟んで二週間あいだを明けて読んだために散漫になってしまった。だから、この本の後書きでも書いておく。

「ところで、本書は、熱湯編 ということもあって、出てくるのは悪人やいかがわしい人物や、せせこましくも奸智に長けた魂や、危険な動物がおおい。」

それから、こんな文もあったので載せておく。

「旅の仕方も同様で、安全で能率がよく快適で迅速な手段を選べば感動は激減し、旅は体験と言うより、情報の追認行為にしかならなくなる。が、逆に困難で非能率的な手段を選べば、蜜で光り輝いた、永遠の記憶が生まれる。だから旅での苦労や「闘い」は、僕等の人生に光り輝く記憶を所有するための不可欠な営為であると僕は言いたい。」   

別に「地球の歩き方」の宣伝文句ではないだろうが、まさしく、至言である、と僕も思う。  2000.1.9

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  アジア旅物語 小林紀晴

時々、耳にする著者名の本をはじめて、その名前を意識しながら、読んだ。旅行記の中味が、旅をしている土地に比重を置くか、その地を歩いている自分に比重を置くか、に分けるとしたら、この本は完全に旅をしている自分に比重を置いている。

その土地で、よその世界から来た自分と向かい合い、日常の普段の自分を少し逸脱してしまった、そこに居た人のふるまいが、逆に余計にその人間の中身を相手に見せてしまっている事と、まだ目前の世界に狎れていない思春期の子供のような、過剰な思いで揺れている自分自身も同時にその土地の上で出会ってしまう事を書く、という、多少は人よりも緻密な文を書きたいと思っているものならば、やりたくなるような旅行記だろう。また、それだけの緻密さを所々に持っている文でもある。それはモノクロの写真にもいえていて、緻密なモノクロは美しく、多少エロチックにも見えるのは、白と黒の光にこだわって、個人的に出会っている目前の世界を表現したいからなのだろう。だが、その文が成功しているとは思えない個所もある。このアジア旅物語という題名からもわかるように、自分が出会った相手を述べるところが結構あって、それは、過去の日本で出会った人間だったり、旅先の安宿で出会った日本人だったりする。そのであった土地が重要ではなくて、そこで出会った自分が重要なのではないかと思わせるほどに、執拗に自分の日本での過去の体験が羅列されたり、また、三年半勤めた会社をやめた、ということなどが、キーワードのように繰り返される。もし、それらの事実が、その題名の旅物語という意味に必要不可欠だと思っているのならば、その程度のことは本人がどう思おうが、大した事実でも、また、物語的にも、さほどの面白さもないことなのだ。そんなことは、特に、旅先の外国人にとってはなんでもない事なのだ。そして、旅を選んでしまったものにとって、それを選んだ必然性など、後からつけた理由がほとんどなのだ。いわば、快愉のための言い訳のようなものなのだ。しかし、そのことを一つの変換機として、暑い国のもつ、青い空の下に潜んでいる湿潤な空気と、繁殖する生物達の口から出る吐息のオリが淀む世界に近づこうとしている意図だけが、よくわかる本でもある。                      2000   5.17

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book10.jpg (7690 バイト)  豚が沐浴する国     田村旅人      新潮社

ページをめくって、さほど進まないうちに、こういうくだりが゛でて来る。

「去年も泊まった街中の安宿の、棺桶みたいな部屋で、私は自問した。−なんでまたこんなパッとしないところに今年もやってきたんだろう、と。さっぱり気持ちが浮き立たない。若い頃初めて海外に出た時の、あの全身の細胞が沸き立つような開放感は、もうカケラもなかった。ある意味で、私は惰性で旅に出ていた。ただ日本での息苦しい生活から逃れたいがため、私は当てもなくたびに身をまかせているのだった。四十をとうに過ぎて、家もなく金もなく、もちろん地位も名誉もない、ただのプータロー。吹けば飛ぶような中年男。そのくせプライドだけは、しつこい瘡ぶたのように自意識に張り付き、鬱屈した自己主張をやめない。」

そんな、人物が、カメラマンと称して、再度のビルマの旅に出る。無論、本人は、その自称フリーカメラマンという呼称の、いかがわしさを充分に承知しながらも、カメラを前面にちらつかせて、アイロニカルにビルマの地上を移動していく。

 僕がビルマに行った時も、四十をこえていた。そして、著者の自己に対する皮肉な口調通りの旅人だった。ただ、カメラは馬鹿チョン一台だけで、それすらも、ほとんどバックの中から出さなかった。僕もまた、旅人としての自分のいかがわしさを充分に知っていたから、自分を何者かに見せようと言う気にはならなかった。むしろ、そんな気になるのは、日本においてであり、周りからプータロウの自分が好奇の対象にさらされると、自分はお前らとは異人種であり、細胞の中におまえらが持てない知的な遺伝情報を生まれながらにして身に持っているがために、こうして、プータロー的存在として、おまえ達の前に身を顕わしているわけなのである、とコンプレックスを隠すように、すごんで見せたりした。まあ、僕の事はどうでもいい。でも、そんなふうに、すぐに自分に思いいたってしまうのは、この著者が僕とほぼ同じ年代に生まれ、餓鬼の頃に同じような風景を見てきたからであり、そして、この年になっても、時々旅人として身をやつしているからでもある。ようするに、あまりにも僕と彼の共通点が多いせいからなのである。であるから、彼をけなすことは自分をけなすことになりかねないので、当然けなさない。ところで、著者のビルマでの再度の道行きの理由というか、目的というか、推進物、というか、そういったお題目となる物は、前回のビルマの旅に見初めた、たいして口もきいてない美女あるいは美少女達に、もう一度、あいに行くという事なのである。僕はこうしたお題目か好きなのである。旅でであった奴から、そんな話をされると、そいつを簡単に信用してしまうのである。旅にむずかしい理屈など嫌いだし、また、旅人を揶揄する難しい屁理屈も嫌いな僕は、よそからはけったいなロマンチストに見える、そんな男どもが好きなのである。

そして、結果的にどうなるかというと、最初は、一年前に集会で見た、スーチー女史の高貴な美貌を再度一目見ようと思ったが、幽閉の身に戻った彼女を見ることは出来ず、今度はインレー湖の美女の明るい笑顔を見たさに、彼女のいる宿屋にいくが、もはや、その笑顔は暗い表情が目立つ女になっていたり、それではと、タージーから車で四十分くらいの飯屋で見た、近隣の町でも評判である、とっておきの美女のいる街道筋の飯屋に、遠回りまでして会いにいくが、彼女はマンダレーにいっていて、留守だった。こうした話というのは、旅の思いこみが、現実の中で空回りしている様を見ているようであり、そしてまた、その事が、寄る辺のない旅人としての著者の立場を顕わしているようで、身につまされるが、それらを簡単にうち消してしまう新たな出来事が、良くも悪くも、旅の途中には起こってきて、それらはまた、次の新たな思いこみに僕たちを引きずり込んでいき、再び、僕等に旅に出かける口実を与えてしまうというのが、旅の定番なのである。というわけで、僕は難しい理屈を言う事が大好きなのである。                         2000.6.2

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book11.JPG (13172 バイト)      路地裏のタイランド    江本正記   青春出版社

この本の一番の好いところは新しいと言う事。あの、スカイトレインBTSの事までのっている。のっけから、チェンマイ、ファーン、メーホンソン、メーサロン、メーサイ、メーソットと、続き、僕の好きなところを一カ所につき五ページちょっとでやってしまうのだから、そのスピード感とやらはすごい。あまり頭に残らない文章はそのためのものに違いない。決して深みには近寄らない文章は、後ろに怖い顔で待っている編集者がいるからに違いない。タイ行きが十を越えても、兄弟というタイ語がわからないのはご愛敬である。だから、些細なことにこだわるような人に、この本はお勧めしない。広く浅くを選ぶのは、余計な注釈の少ないこの手の本に限る。僕のように、へんにタイに漬かった事があっても、実はオリエンタルホテルの中に入ったことがなかったり、スクンビットのホテルには一度も泊まったことがなかったり、島にも泳ぎに行ったことが一度もないという人間なんて、何おか言わんや、なのである。

2000 .6.03

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book12.jpg (7247 バイト)    旅々オートバイ       素樹文生       新潮社

なぜだか知らないが、うちの地方図書館には素樹文生の本が三冊も置いてあったので、三冊も読んでしまった。この本は、北海道から石垣島、そして、台湾へと渡るフェリーの中で終わっている。オートバイによる日本縦断という形をとっている。以前の二冊で見せた、外国を歩く彼よりもより等身大の彼が現れてくるのは、旅する場所が日本だからだろう。しかし、そこで彼が出会う人達は、普段僕達が仕事や生活の中で捉えている人たちではない。その人達は、旅という空間の中でしか、出会えない人たちで、でもやはり、日本人である。とにかく、僕達のこの世界には、一度も旅に出たことがない人種がいて、それとは逆に旅に人生を傾けすぎて、人生そのものが傾いているような感じの人達もいる。ところで、そんなオートバイで日本を回る人達は結構いるらしくて、暑くなれば、北海道を巡り、寒くなれば石垣島に集うらしい。そんな人達を蜜蜂族というらしい。そうした人達との付き合いでの話にもなかなかに面白いものがある。ところで、三冊も読んでくると、どうも、僕とは違うのかな、という事が、なかなかにこの人が女に持てる人らしいのだが、その事以外にも感じられてきて、いったい、何なのだろうかと思っていたら、この人は、とにかく海が好きらしい。僕は山が好きなのである。いわば、伸びのある文を書けるサーファーに寄ってくる女どもを見て、中年の山好きのおっさんは、憮然として、立ちすくんだりしちゃって、内心うらやんでいたりするのである。  2000.6.25

  アジア視線     稲越功    毎日新聞社

最近はカメラマンなのか、旅行作家なのか、わからぬほどに、文も写真もレベルの高い人がケッコウでてきて、そういう意味では(どういう意味だ)この方はちゃんとしたまともな写真家である。プロだったらこういう撮り方なんだろうな、としかいいようのない写真である。僕の性格上、口悪く言ってしまえば、写真よりは文は落ちる。だから、と言っては何だが、ちょっと安心する。何せ、近頃の若手ときたら、絵も文もこなしてしまうという、文武両道みたいな、嫌な奴がケッコウ、出てきているからだ。まったく持って、分業の精神と言うものがないのである。これは藤原新也の成功が、かような風潮を生んだのかも知れない。何せ、国境をうろつく口も手も達者な輩が、高級そうな一眼レフをぶら下げて歩き回れると、僕のような、旅先で写真はとらない、ひたすらぼっとして、風景の邪魔にならないように、そっとお邪魔をして、人とは必要以上に打ち解けず、夜はおっくうで出歩かないが、たまにその気になって出歩くと、余りいいことはしない、そんな者にとっては、なんとも、二物を持った才人の彼等は目の上のたんこぶであり、せいぜい、悪徳国境警備隊員に難癖でもつけられて、カメラでも横取りされろ、なんて思っていたりするから、自分でも情けない。ところで、素朴な質問だけれど、一流の人間は、うまい下手はともかくとして、一流のにおいのする文を書くことができ得るというような気がするのだが、では、果たして、写真はどうなのだろうか。一流の人間は、やっぱり一流の写真を撮れてしまうのだろうか、それとも、ぼんくらでも、数打ちゃ当たるで、一流の写真が間違って撮れちゃったりすることがあるのだろうか。プロとは間違っていい写真が撮れちゃう確率が大変に高い人のことをいうのか、そのことが、僕にはわからない。

「私にとっ良い写真とは見る私自身がその一枚一枚から多くの出来事が連想でき、まだ見ぬ遥か彼方の風景につれ去っていってくれるものだ。昔から賢人によって "人生は旅のようなもの。その人生で何を見、何を感じ、何を経験するかが人として生まれてきた意味であり、何になったかと言うことではないのだ" と言われてきたことが私は今、いくつもの旅の中でしみじみ解りつつあるような気がしている。」著者のあとがきから。

   2000.7.1            ホームに戻る          ページ目次に戻る 

book.14.JPG (8908 バイト)      タイ 旅の雑学ノート えもと正記 ダイヤモンド社

1999年の暮れに開通したバンコクの高架鉄道BTSの乗り方から、一歩進んで、各駅の周辺事情について、始まる。その、BTSの沿線紹介が本の半分を占める。それが、この本の「売り」だ。だから、この本はまだ出版されてそれほどたってない。この本の著者の方はスクンビット・ソイ11が基点のタイ事情通らしく、そこが、彼にとっての情報の基点でもあるし、そこに生活する知人のタイ人達を介してのタイという国に潜っていける基点でもあるらしい。

タイで一番安い土地という、カンチャナブリの先にあるサンクラブリーへというところへ、たいした脈絡もなく行ってしまうという、その手の企画には恐れ入ったが、そこのところが僕には一番興味を引いた。僕も、筆者の手に乗ったのである。一坪ちょっとで、5バーツの土地。途中に人造湖もあって、浮き家まであるらしいし、ミャンマー近くだから、ロンジー姿の奴もいるらしいし、近くの山には山岳民族までいるらしい。その村から、四キロ先あたりに、スリー・パゴダズ・パスというところがあり、そんな辺鄙なところにイミグレまであって、タイ側とミャンマー側に合計百バーツ払うと、ミャンマー側にいけるらしい。

後は、我らがよく知ったる北部タイのことになり、なぜかメーサロンのお茶や、茶道具のことがやけに詳しく載っていて、なぜ、タイの旅にそれが詳しくなければいけぬのかと思うのは、その、まとまりの欠けている事柄に、ちょっと、つっこんだ情報を入れ込みたいという気持ちのあらわれなのか、「癒しの王国を味わい尽くす」という副題のためなのか、タイ初級者よりは、もう少し突っ込んだ内容の旅本にしたいからなのか、「味わい尽くす」という意気込みのお方には、ちょっともの足らぬかもしれない。

2000.10.3         ページ目次に戻る

 book.18.JPG (8137 バイト)    藤原悪魔(天使のまゆげ)     藤原新也      文芸春秋

「朝八時に時計の針が近づいても、窓の外の夜の青みがなおうっすらと重層した歴史を呼吸する建物のひだに棲みつき、静けさを漂わせている。思索を練るには格好の空気感である。」

まさか、われらの藤原新也が、こういう文を書くとは思わなかった。これは、なんといったらいいのか、藤原新也の成熟といってしまったらいいのか、やはり、長年の文筆生活というのは、こういう文学くさい文を書くようになっていくようになっていくのだろうか。ちょっと、のっけから皮肉を言ってしまったが、この部分はイギリス、アイルランドにいたときの事をアイロニカルに、おかし味を加えてつづっているわけだから、文をわざと高尚にみせさせて、話との落差をもうけて、ユーモアを際立たせていると思えば、思えなくもない。でも、そういうこなれたエッセイストの手法自体が、藤原新也とはちょっと違うのだと、勝手にこちらが不平を言いたくなる。

それというのも、彼には、執拗にインドの原風景にこだわって、豊満の日本のいかがわしさを時折青臭さじみた太刀使いでけん制し、潔癖症が過ぎてラップに自ら包まれて、自分の息までしづらくなっていくこの我々の世界を切り裂いていこうという、小気味よいふてぶてしさがあったからで、上記の文を読んだときは、彼もいよいよ、年とともにまろみを帯びて、器用な、文筆家として、大成の道を歩んでいくのかなと思ってしまった。

しかし、いまだ、彼の写真には、この世界の遠近感とはまったく異質の遠近感がある。

普通僕たちが感じているこの世界を写した絵は、カメラのレンズの真中のある一点(消点)にむけて、収約されている世界である。レンズの中の消点は、この世の行き着くところ、すなわち死だと思えば良い。そして、カメラに写っている前景の世界が今この時の現実を映した絵なのである。しかし、藤原新也の写真の消点をどこまで辿っていっても、そこにあるはずの死がないのだ。写真に写る前景の風景と同じ時間と空気がどこまでいっても流れているのである。なぜなら、彼の持っているフィルターは、既に消点の先、死の向こう側を写しているからだ。

 しかし、この現実に生きて、生活することに一喜一憂している僕たちにとっては、たやすく死の向こう側の価値観も、風景も、持てそうもない。人の煩悩が百八つあるというのならば、この世には少なくても甘い楽しみも百八つあるというものだ。だったら、せいぜい、僕たちは、この生きている現実と死が等価であるような価値観をもって、もう少し、自分の体に、いつのまにか溜まってしまった険を取り除いてもいいのかななどと思うくらいだ。そんなことをこちらに思わせてくれるような、破壊力を持った力を若い僕は彼の文から受け取ったものだ。しかし、僕も、後、数年で五十だ、だったら、藤原新也はもう少し年がいってるはずなのだ。長く生きてりゃ、この世界との和解の話もでてこよう。何せ、この僕の年でも、まだ見合いの話があるくらいなのだから。でも、それはこの本の前半の話。後半は相変わらずの藤原新也流の木刀がそこいらの風をなできっている。ああ、やっぱり、われらが新也だ。このひと、きっと、死ぬまで、やってるぞ。

2000.10.15

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book16.JPG (5600 バイト)        アフリカの満月       前川健一        旅行人

いまの所、前川健一の一番新しい本のようだ。とは言うものの、前川健一にとっては、「東アフリカ」という既に絶版になっている本があり、その本が彼の第一作であるらしい。その本を含めて、彼の当時のアフリカの旅に関して書いた文がずっと彼の手元に在って、それがモノになるかどうか手を入れたり、変えたりしているうちに、嫌になって、ほっぽって置いてしまうということを繰り返してきたらしく、その奴を、また、持ち出して、ようやく、本にしたのが、これだということだ。彼の中では、「アフリカ」は、年月が経ってきても、どうしても、いつか、けりをつけたいものだという思い入れが、あったらしく、それは、確かに、このまま、ダンボールの片隅に閉じ込められたまま、ごみになるには、惜しい品々ではある。特に、ナイロビでの、美女ムルキの思い出の描写が一番長く、かつ、描写の密度が濃い。それは、彼の思い入れというのは、荒っぽい声の持ち主である美女ムルキを取り巻いている世界を知ることであり、そして、風景としてのアフリカだけではなく、世界のどこにでもある悲喜のこもる相変わらずのやっかいな人間世界と、それを風化させようとする吹きすさぶ乾いたアフリカの風を、そして、そのあとにのこつてしまうアフリカの花の色の記憶を、前川健一の心が長年たった今でも繰り返し現れ出でる満月に見入るように「感じてしまっている」のだろう。

2000.12.09

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book17.JPG (8256 バイト)   バリの雫    藤原新也           新潮社

 

これは、また、おっそろしく、文字のない、写真集だ。まるで、カメラのレンズを覗いている、一人の人間の意志が、言葉という乱暴な記号によって、絵が乱されるのを防ぐために、あたかも無菌室のように、言葉を拒絶している。それを見るものは、言葉という乱暴な菌から、開放されて、ありのままのバリを見る事ができたかなんていう、決り文句の言葉も、拒絶されているがごとく、そこには、写真というものだけがある。

美しい。ゆえに、饒舌だ。言葉よりも、饒舌だ。言葉よりもバリは美しい。作者にとって、バリは、言葉の形容によって、汚されないモノが、あるということか。それもまた、月並みな言葉の評か。その、圧倒的な湿潤な緑の世界、生身の自然というよりも、人間によって、耕され、互いの生き死にを分け合える自然。人間の手にも目にも触れながらも、永遠の輪廻をくりかえさせている自然。とりもなおさず、それが可能なのは、島という条件が、それも、高い山を持った島だということが、大きな要素だろうと、この写真の数々は思わせている。それは、日本人ならば、よく、わかる。水の恵みと、日の光は、この太陽系の惑星に、とりわけて、南の島に、花に色を与え、人に色めく心を与える。しかし、それが魅惑的なものであればあるほど、世界の消費サイクルの中に巻き込まれて、永年蓄えて来た、島のシステムが、壊されていくというのが、この世のならいだ。それとも、バリが独自にもつシステムの強さが、いつしか、廃墟を覆う森林のように、勝利をおさめていくこともあるのだろうか。この写真集の中の濃い緑が、文字すら必要ない語りとして、強く匂っている。(2001.4.20)

book.18.JPG (5498 バイト)岡崎大五   だましだまされ生きるのさ         角川書店

別に小説であるとも、なんとも、書いてはいないのだから、事実にしては、ちょっと、話の展開が飛躍しすぎてるなー、などとケチを言う必要もなく、読み物ならば、読み物として、面白ければいいわけで、其の点では、充分に面白いわけなのである。ジュライ、あるいはジュライ近辺の宿に寝泊りしている、若い金なし旅行者の一人が、何とか、タイで収入を得るようと、甘き望みをいだく。どこか日系の会社に雇われようとしたが、バックパッカー的な服装の若い男が雇われるはずはないと気づいて、選んだところが、タニヤのあるクラブ。そこも、だめかなと思ったところが、しかし、そこのママさんが、旦那の日本人にすぐに紹介してくれる。その旦那というのが、タイで苦渋を舐めてきた1発屋の親父で、どういうわけか、其の時、タイのエリート警察官と組んで、日本人相手のコンサルタント会社を経営している。その1発屋の男に簡単に気に入れられてしまい、そして、すぐに雇われ、五千バーツの給料から、はじまって、あっという間に、仕事のこつを覚え、若い男は其の会社の中心的な存在になってしまい、名義上はその会社の社長にまでなるが、ごたごたなどがいろいろあって、結局は経営者達に裏切られて、あるいは利用されていたことがわかって、タイを逃げ出す、という、一つのセオリーの王道にのっとった、話なのである。ジュライ近辺に巣くう男達に、翌朝から、バンコクのビジネス街でネクタイワイシャツを着て、バンコクの中を精力的にかけまわり、仕事を短期間でこなしていく建設的な奴の類とか、そんなことを考える奴は、あの、ひずみ汚れたねぐらに好んで寝泊りするもんか、などという無粋ないちゃもんは、自分がそうであったからといって、してはいけないよな。フンフンなになに、結構おもろいぞ、などと、安宿の上に寝転がってよみだして、ところどころおもしろおかしくて笑っているうちに、知らぬうちに、バンコクでしぶとく生き抜いている海千山千の日本人の男どもの家畜ではない、一匹狼の危うさとたくましさに触れてしまったり、バンコクの中に渦巻く人の欲をちょっと知ったような気になったりと、これまた、お得感も感じさせてくれるのだし、この手の本にありがちな、怪しき事柄をさらに膨らませて、こけおどし的に羅列したはいいが後味の悪さだけが残るものと比べたら、読後感は、不思議に、いいのである。このことは結構重要なことなのだ、と思う。

2001.05.16

book102.JPG (10612 バイト)          添乗員奮戦記      岡崎大五               旅行人

この手の本にありがちな、怪しき事柄をさらに膨らませて、こけおどし的に羅列したはいいが,後味の悪さだけが残るものと比べたら、この本の方は、読後感は、不思議に、いいのだろうと、僕は期待して読んだのだが、この手の本にありがちな、添乗員として世話したあざとい客の、こけおどし的な羅列で、後味は悪かったのである。よって、岡崎氏も、発展途上国的に、成長しようとしたのが、前の「だましだまされてー」の方の奴かもしれぬ。なんて、机を小槌で、バンとたたいて、即、判決なのである。もっとも、判事が買春したくらいで、騒ぐんじゃねー、頭の中、妄想でぱんぱんさせて、おもむろに、判決、なんて、言いやがる奴のほうが、いつか怖いでぇー、少女の真心に触れたくらいで、ビビルナ、という、おじさんは、ともすれば、逆に軽く少女にからかわれていたりするのである。とにかく、正義の人でもある僕は、日本の中の盛りだくさんの正義の毒に疲れてしまっているので、それを中和させるためにも発展途上国を好んで旅し、時に渇き、時に汚れ、どこもかしこも、観光地並に人が増えやがったなんて、イッチョまえに、ぼやいたりするのが好きなのである。それが、この「添乗員奮戦記」と、どういう関係があるのか、だという話に当然なるわけでありますが、ご存知のとおり、何の、関係もありましぇん。          2001.0608.

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book103.JPG (15840 バイト) タイ演歌の王国        大内治        現代書館  

筆者いわく、タイではじめて、接した「タイ演歌」のコンサートは、シリポーン・アムパイポンというモーラム歌手の公演だった。それに、衝撃をうけ、追っかけ、をはじめた。あの、ハーン・クルアンという素人くさい若い娘の数十人の集団の露出度の多い踊りにも、度肝を抜かれた。以前は好んで聞いていたタイポップスの、歌詞の貧相さに、好い加減飽き飽きしていた頃だから、この、田舎じみてはいるが、妙に人の心に染み入る、演歌に、筆者ははまってしまったのである。タイにて嵌る、ということは、珍しい事じゃない。日本の若きも、おじいちゃんも、タイでいろんなものにはまる。だから、どうせ、嵌るのならば、人に自慢できものに嵌りたい、というのが人情である。タイ好きは、ろくなもんにしか嵌らない、という日本の蝿の考えている固定観念を覆すためにも、我々は崇高な嵌り方をしなければいけない。でも、「タイ演歌」は、モーツァルトやブラームスに、比べて、崇高さにちょっとおとるのではないか、という御仁は、ものに嵌るという事柄がわからぬのである。なんていうか、わさび、は栄養的にビタミンEがないから、アボカ゛ドより価値がない、というのと同じように、だめな意見なのである。ここで、僕の教養を見せつけるが、わさび道楽というものは身上を潰すくらいに、魅力的に厄介なものだと、かの北大路魯山人くんはいったものである。それでは、なぜタイ演歌、なのかというと、それを知るためにこの本はあるのだから、買って読みなさい、二年近くなるのに、まだ第一刷では、この本は、というより、この手の本は売れてないのと違うか、僕なんて、本屋まで、自転車で五分の所を歩いて十五分かけて、注文して買ったのだ。売れてないといえば、前川健一の「まとわりつくタイの音楽」も、ルークトゥン主体の本だけども、七年経っても、まだ一刷じゃ、似たようなもんだ。という事は、「タイの演歌」というのはごく少数派の嵌りということになり、昔から、貴族階級は少数派なのであるから、「タイ演歌の王国の中に、イサーンの野良くささとか、娼婦を題材にしたものがミリオンセラーになったとか、そんなことがでていても貴族は、映画と、少女の心の中では永遠に不滅なのである。

ところで、NHKが、このシリポーン・アムパイポン楽団の追っかけをした、日本人クルーが造った、タイモーラムの世界「赤い大地を巡る旅」(素晴らしき地球の旅)を数年前に、流した。これがなかなかいい。シリポーン・アムパイポンを中心としたモーラム楽団の表情の裏から表までやってくれる。シリポーン・アムパイポンという人気モーラム歌手の化粧の奥の、素顔まで見れるような画像だから、ハーンクルアンの少女達の楽屋裏の表情なんてのも、非常に面白かった。ということは、そのビデオを見て、この本を読むと(逆でもいいが)、一粒で二度おいしいということになる。

2001.0609

 book105.JPG (13684 バイト)    book106.1.jpg (10822 バイト)    カルカッタ(アジア民族写真叢書) 廣津秋義 平河出版社

 僕が訪れた時のカルカッタのリキシャワーラーは、機械の助けを借りない純然たるジンリキシャであった。そして、たいていが素足である。以前に、「シティ・オブ・ジョイ」という、カルカッタのリキシャワーラーも主人公の一人になった小説が世界的に売れた。著者はフランス人だと思ったが、よくできた、映画のシナリオ見たいな小説は(実際にアメリカによって、アメリカ風に映画化された)、なるほど、これだったら、どこでも、売れるだろう、と言うような話で満ち満ちている。たぶんに、西洋人が好みそうな設定の連続ばかりで確かに面白いが、当のカルカッタの人達は、まるで、カルカッタが、世界中の悲劇が毎日繰り返される舞台であるかのような、西洋人が面白く味付けした、インドそのものに対して抱いている偏見も重なった、そのベストセラー小説に、反感を示すのではないかと思っていたら、カルカッタの本屋の一番の飾り段の所に並べられて、売られていた。もっとも、たぶんに、その頃、その小説の映画撮りをしていたらしく、さらに、その小説が話題になっており、カルカッタを訪れる外国人にそれを売りつけようとする本屋の商売根性のためなのかも知れないが。ただ、その本がどんなに世界中で売られ、カルカッタという都市が、世界中にその本のとおりイメージされようとも、飛行機でダムダムエアポートに降り立って、税関を抜けたときから、カルカッタはイメージなどをトランク一杯準備しても仕方がなく、小説というものは本屋の飾り棚の中で起こる、一つの事件に過ぎないことを、諭してくれる。

 僕達、外国人にとって、カルカッタは特別である。その名前が耳の中に入り込んできただけで、思考が白獨する。その、理由などと、言ってみたところで、濁った思考の中では、思いつかない。そこが、僕にとって始めてのインドであり、最初から、とんでもない物の中に紛れてしまったというベースがあり、後は、断片的に、色濃いスープの中に沈んだ具のように、様々なものが現れるだけである。その具が、どんなに魅惑的なものであったかを、この写真集が証明してくれている。僕は、自分の中に今でも根付いている、あのカルカッタの汚れだらけのような断片が、大量の人と動物と物が混沌の中に無秩序に放り置かれただけのような配列が、やはり美しいものであった、という答えをこの写真集からも得る事ができて、(写真が僕が丁度訪れた頃のカルカッタという偶然も重なって)この写真達のすべてに感謝したい。   2001.06.25

 

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book107.JPG (10895 バイト) アジアパー伝          西原理恵子 鴨志田穣    講談社

前に、西原理恵子という人の、漫画を読んだとき、「うおっ、なかなかじゃないか」と、思った。他人の家で読んだので、面白いところだけを読んだ気味もあるけれど、あの拙い絵で、そう、思わせるのだから、何か、たいしたものを持っている証拠だと、思っていた。その、漫画は、なにか、最初から、ばらばらに壊れている家族なのか、人なのか、金もなく、いろいろな事で悲惨なのだが、ただ、生きている、ということに価値はあるのだ、というふうな言いまわししかできないような地平では、底にいけばいくほど、案外人は酷いことでも自然に笑える自由を持つようになるのかもしれないという、感想を僕は持ったのだけれど、残念ながら、漫画の題名も、細かな筋も忘れた。それにしても、漫画でもって、そんなことを考えたのは久しぶりの事だ。そういう、漫画的には意図見え見えで、やりすぎると陳腐に陥ってしまう、あざとい漫画は、漫画自体の持つ消費スピードの早さがあるので、出来不出来が激しいのが、普通だ。僕の年代だと、ジョージ秋山の漫画なんかが、そうだった。切なさの表現が、あるつぼにはまれば、感動するが、はまらなければ、陳腐になる。どちらでも、漫画家は頼まれる間は急いで書か続けなければならない。もっとも、西原理恵子は、お笑いの漫画を目指しているわけなので、感動よりも笑いをなのだが、その肝心の、西原理恵子流の笑いの質が、やはり持続しているわけではないことは、いたしかたない事なのかもしれない。それは、どうも、無頼派の漫画版みたいなところが彼女にはあって、楽屋落ち、というか、身内落ち的ナ手法にたびたび逃げていくのは、じつは、無頼派的なやり方なのでもある。ただ、正直言って、まだなんじゃないか、この漫画家はと思うのは、たんに、つまらない漫画も結構あるからだ。でも僕は、その、無頼派には、結構、好きでだまされるので、それなりの無頼派好みの旦那もいるようだし、私生活に火をつけて、もっと、みんなをだまして欲しいと思う。ところで、この本のなかでは漫画は副次的な役割でしか載ってなく、主流は、むちゃくちゃで、愛すべき、男、西原千恵子の旦那の鴨志田穣の過去の伝記話なのであるが、それが、よくも悪しくも西原流の漫画世界になっちゃって、いる。僕は前の漫画でだまされた経緯があるので、今度もまた、だまされついでに、劇画チックな、旦那の伝記話は結構退屈せずに読み終えたけれど、二人で作ったこの本は、夫婦二人三脚の仲良し印というわけで、そこんとこは無頼とは違うんだよな。そこが、マイナスといえば、マイナス点かな。     2001.08.02

book108.JPG (12429 バイト) アジアを生きる 灰谷健次郎 石川文洋写真 実業之日本社

 基本的には、有名著述家の旅物は、大して、面白いものがないと思っている。その、一番の理由として、旅にて、自分の何かを支払ったものがないものの旅日誌など、たかが知れていて、短時間で本にするレベルまで纏め上げることのできる力量を持った、写真家と、文章書きさえいれば、後は、スタッフを適材適所に配置し、その彼らが普通に仕事をしてくれれば、それで、簡単に、あるレベルの高さを持った、旅の本が出来上がる。今の、この、日本の旅の流行があれば、そういう、旅行記も、ちゃんと、ペイできる背景があって、そんな、いわば工場で製作された商品並みの旅の本があとからあとから続けて出来上がってくるのかもしれない。とにかく、今の日本、旅以外の普通の本は漫画以外、売れなくなってしまったのだ。

さて、この、本である。「兎の眼」の灰谷健次郎、そして、ベトナムの写真家といったら、ボクでも知ってる石川文洋という、二人の二大看板を背負った旅の本は、それなりに、読者をあきさせずに読ませてしまう本である。いや、それどころか、並みの旅本よりも、優れている。灰谷の文は、やはり、凡俗の文とは違う。簡潔にしてユーモアがある。石川の写真も、写真の美に走ったかと思えば、すぐに引き返してきて対象物に対する愛情をささげた画だったりと、プロとしかいいようのない撮り方だ。だから、申し分のない本だと言えば、いいのだが、そこは、いちゃもんの一つくらいつけてあげようと言うのも、読者心と言うもので、一日、二日の滞在で、その地の何がわかるか、などと言う、いちゃもんが、もっとも、あってはいると思うけれど、じゃ、何ヶ月もごろついて、チェンマイの日本人の恥部と言われたこのボクが、チェンマイの何を分かったのか、ということになると、それも、きつい話だ。ごろつきのおまえが、いちゃもんつけずに、反省して、どうすんだ、という内面の声が聞こえてきたので、気を取り直して言うと、いわゆる、署名人という奴である。灰谷さんは、驚いたことに、ソイカウボーイのファンであるらしい。おまけに、家の近くにあるフィリピンパブのお店にも、何度も行き、そして、こう、書く。

「彼女達がなぜ日本で働かなければならないかという問題を別にすれば、(もちろん、別にできる問題ではない。暮らしの落差は差別そのもので、彼女の店に酒を飲みに行く私は差別者である。近づかないことで、潔癖性は保たれるが、そのために、しりあう道に向かおうとしないのも、しゃくだ。お互い対等に付き合うことのできる社会をつくる努力をするしかないだろう。)客に対する態度の誠実さ、陽気さ、人情のこまやかさ、音楽好き、どの部分をとっても、日本女性にまさる人がおおく、私はこの人たちが大好きなのである。」

という灰谷さんも、無論、その彼女達と最後までのお付き合いは、しない。なぜか。署名人だからである。逆に、無名人の多くが、女に誠実さを見せたつもりで、その付き合いを深くすれば、女の持っている現実がさらに、粘っこく、絡みつき、へたをすると、女のあがいている地上にまで、引きずり落とされるような気持ちになり、無名人の男は這いつくばって逃げ出したりする。この、滑稽なドタバタな動きが味わえぬ諸名人はかわいそうだ、と、一応はうそぶいてみたい。彼女達と対等といえるのは、そこまで、こちらも引きずりこまれてもがく事だとも言ってみたい。もっとも、簡単に、彼女達のファンだといえるためには、むしろ、関係を持たないほうが、いいのかも知れぬ、なんていって、やっぱり、おまえが反省してどうすんだ。  2001.08.16

 

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