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デジカメ写真館 壬生

おもちゃ博物館
おもちゃをつくる会社が集まった「おもちゃのまち」があり、住所も「おもちゃのまち」なら、駅の名前も「おもちゃのまち」。ふるさと創生事業の一環としてこの「おもちゃ博物館」が壬生総合公園内にできた。地場産業を通して町の活性化を図るとともに、子供たちが夢を育んでいけるような施設としてつくられた。この総合公園公園には、修景池、せせらぎ、わんぱく公園があり、園路をロードトレインが走っている。
城址公園
平成元年に壬生城本丸址を城址公園として整備。県内に残る数少ない近世城郭の1つとなっている。壬生城は室町時代のなかばに築かれたといわれている。各地の大名が勢力を競っていた戦国の世にあって、約100年もの間、壬生氏の主要な城となっていた。本丸内部には御殿があり江戸時代の初めには将軍の日光社参の宿舎として使われていた。城址公園内には、かんぴょう栽培の発祥や壬生城の築城から城下町として発展した様子など歴史、民俗学的に興味深い事柄をわかりやすく展示している民族資料館がある。
壬生町歴史民俗資料館

城址公園・玄門
この石は、壬生町大字藤井に所在する国指定史跡「吾妻岩屋古墳」の玄門。玄門は、亡骸を埋葬する石室の入り口部分にあたる。
御用水通り
壬生城三の丸の堀に沿って流れていた壬生用水を利用した歴史的散策路。壬生用水は、江戸から明治時代にかけて壬生町800戸の住民は防火用として、夏期は灌漑用水として約400余町歩の田畑を耕し、水車を設け住民の日常生活に大いに貢献した。
車塚古墳
栃木県を代表する古墳時代後期の大古墳。墳丘は三段に造られ、墳丘第一段の平坦面(基壇)が幅広くつくられているのが特徴。古墳の大きさは、直径が82m、堀の底からの高さが約11mある。墳丘南側には、巨大な凝灰岩の一枚石を使った横穴式石室が閉口している。
常楽寺
寛正3年(1462)、壬生初代城主壬生筑後守胤業が創建した寺で、正徳2年(1712)、寺社奉行鳥居忠英(ただてる)が城主になって手厚く保護し、禅宗の修業道場とした。
壬生寺
延暦13年(794)、慈覚大師円仁の誕生地と伝えられる寺で、円仁を祀っている。境内に円仁誕生のときに使われた”産湯の井戸”がある。
牛塚古墳
墳形は前方部が短く、上から見ると帆立貝のような形をしているため「帆立貝型の前方後円墳」とも呼ばれている。墳丘の全長は約47m、後円部の高さは約5mある。墳形などから古墳時代後期につくられた古墳と考えられている。

  東雲公園

黒川沿いの美しい水辺の公園。東雲橋両岸には約250本の桜が植えられ、吊り橋風の歩道など絶景。
壬生総合公園