喜連川タワー
お丸山公園の山頂にそびえ立つ喜連川スカイタワー。高さ40m、四方ガラス張りの展望室からは市街を一望でき360度の大パノラマが楽しめる。晴れた日は北には那須連山、南には筑波山、遠くは富士山を望むこともできる。
喜連川神社
永禄6年(1563)、塩谷15代惟朝が、領民の心のよりどころにしようと、尾張津島神社の牛頭天王の分霊を勧請した社で、毎年7月26〜28日に行われる天王祭は、あばれミコシで有名である。

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画像マップ

デジカメ写真館 喜連川
お丸山公園
市街地北西に突き出した丘陵で、中世にこの地方を領した塩谷氏の居城、倉崎城の跡である。現在は丘陵一帯がお丸山公園として開放されており、春は桜の名所として4月中旬に桜祭りが行われる。市街地から公園山頂まではシャトルエレベーターが通じており、170mの距離を4分で結んでいる。
寒竹囲の家
この寒竹囲いは、喜連川公方6代城主茂氏公が、藩士の宅地を囲むのに板塀などでは製作保繕が大変なので、笹の密植するのを利用してこれを生垣とすることを奨励したいわれている。
御用堀
喜連川藩主喜連川熙氏が、飢餓や大火から領民を守るため町中どこでも用水が使えるよう生活用水の確保に気を配り、天保13年(1842)、町を挟む河川から町内に水を引き入れる用水堀を開削し生活用水・灌漑用水・防火用水として利用した。数十町歩の新田を開拓するなど藩財政にも潤いをもたらした。この御用堀は通称横町堀と呼ばれ、町民の生活用水に使われている。
喜連川温泉 もとゆ
昭和56年11月に深さ1242mに達したパイプからすさまじい湯煙をあげて湧き出たお湯が喜連川温泉の始まり。県内外より多くの人が訪れ、日本でも有数と言われる優良な泉質で硫黄、塩分、鉄分を含む弱アルカリ泉である。3つの町営温泉があるが、1番最初に掘ったので「もとゆ」の名がついた。大きな窓で明るく開放的な浴室と、裏山の眺めがよい露天風呂がある。
l光院
恵心僧都の開基とされており、初代喜連川公国朝は、ここに葬られている。国朝の母の法名をl光院といい、これよりl光院と呼ばれている。境内には、県の重要文化財に指定されている銅造阿弥陀如来座像がある。
龍光寺
慶長6年(1601)に足利頼氏、喜連川町を代表する絶世の美女島姫(嶋子)らの父頼純を埋葬して以来、代々喜連川足利氏の菩提寺となっている。龍光寺境内には石塔54基のほか、石灯籠忠臣節婦の石碑5基が整然と並んで立っている。本堂の左手に尊氏堂があり、堂内に尊氏坐像を安置している。
古戦場跡
天文18年(1549)、那須氏、喜連川塩谷氏500余騎と宇都宮尚綱率いる宇都宮軍2000余騎とが戦った古戦場で、激戦の末宇都宮軍は喜連川軍の鮎瀬弥五郎実光に背後から大将の尚綱が射たれ退散したといわれている。今、この地には、宇都宮尚綱のものと言われている供養塔が建ち、古戦場の跡を示している。
早乙女の桜並木
町中に入る玄関口ともいえる道路沿いに、長さ約600m、約100本の桜並木がある。地元民からは「新道のサクラ」と呼ばれており、この桜並木は道路が新しくできたことを祝って植えられた経緯を持ている。
道の駅・きつれがわ
総合交流ターミナル、野菜などの直売所、温泉熱を利用した園芸ハウスなどがある。良質の温泉が湧き出す喜連川町にふさわしく、温泉施設として総合交流ターミナル内にジャグジーと打たせ湯の「内川の湯」と、ジェットバスと寝湯の「荒川の湯」がある。来春のオープンを目指して、歩行浴やハーブバスなどを備えた水着ゾーンと露天ぶろの建設が始まった。