日光街道
日光街道は、関東平野を南北に貫く江戸時代の幹線道路で、宇都宮までの30里は奥州街道と重複しつつ日光東照宮へ至る道筋であった。明治以後は陸羽街道として、その後国道4号としてそのまま主要道に移行していき、日光の杉並木に象徴されるように、今も随所に旧街道の面影を残している。
 例幣使街道
例幣使街道は、古くは壬生通と呼ばれていたが、江戸時代、朝廷が日光東照宮に献上物を奉納するためにつかわされる勅使である例幣使が往路に使うために改めて整備された街道である。
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デジカメ写真館 今市

 六方沢橋
霧降高原有料道路の中間付近に流れる六方沢は、深さ200mにも及ぶ大渓谷で、ここにかけられているのが六方沢橋。日光国立公園内の名所のひとつに数えられている。戊辰戦争のとき会津軍はこの谷をたどって敗走したといわれている。
杉並木公園
日光杉並木街道の保護と地域文化を継承するために作られた、並木の中の散策や鑑賞など歴史と自然にふれあえる公園。江戸時代の中頃に建てられ昭和60年頃まで使われていた名主屋敷の旧江連家 (約90坪)と、二宮尊徳翁が農村復興に伴い建築した報徳仕法農家(約30坪)が 復元されている。そのほか水車、杉並木鑑賞広場、植物園(並木の下の植物)、日本庭園 なども設置されている。
旧江連家
報徳仕法農家
大笹牧場
今市市の最北端、栗山村との境にある。日光連山赤薙山の裾、標高1200mの高原に広がる362haの大牧場で、ゆるやかな起伏の草原に、5〜11月にかけて100頭ほどの乳牛が放牧される。遠く筑波山も望める雄大な眺望で、付近一帯は高山植物、野鳥の宝庫としても知られている。
今市の水
今市市内には、”いまいちの水”という水飲み場が各所に設けられている。この水は、自然な成分を適量に含んだおいしい水として評判である。
報徳二宮神社
二宮神社は、報徳仕法によって多大の恩恵に浴し、尊徳翁の遺徳を敬う人々が、終焉の地である今市の霊地に創建したもの。明治26年(1893)に起工し、明治30年(1897)に社殿が竣工、同年11月14日に鎮座祭を執行して現在に至っている。境内には尊徳翁の墓をはじめ、尊徳翁の遺書の写本や遺品などを収蔵している二宮神社宝物館報徳文庫などがある。
追分地蔵尊
日光街道と例幣使街道の分岐点に安置されているので追分地蔵と呼ばれている。もともと日光含満が淵(がんまんがふち)にあったものが大谷川の洪水で流され、 砂に埋もれていた。ある日、石屋が大石と間違えて地蔵の背中にノミを入れたところ、真っ赤な血が流れた」という伝説のある地蔵尊である。
如来寺
浄土宗に属する旧中本寺格、1,700を超える壇信徒を持つ同宗では県内屈指の寺。1631年徳川家光が日光社参をするにあたり、御殿を造営し宿所として滞在した。以後、家光は如来寺を三度宿泊休憩所とした。本堂には徳川歴代将軍の位牌が安置され、1856年には報徳役所で没した農政家二宮尊徳翁の葬儀が営まれ境内に埋葬されいる。
日光だいや川公園
トレーラーハウスを備えた本格的なオートキャンプ場をはじめ、この地域に生息する生物の姿や生態をイメージしたフィールドアスレチックや広大な芝生広場などが整備されている。また、ニュースポーツ広場には、パークゴルフ場・グランド場・ディスクゴルフ場を整備し、子供からお年寄りまで幅広い年齢層の方が気軽にスポーツを楽しむことができる。毎年、紅葉の時期にはそばまつりが開催され、多くの人で賑わう。